【書評】吉村昇洋著『精進料理考』(春秋社)

「精進料理考」が出版されてからすでに一ヶ月近くは経ったと思いますが、当仏教井戸端トークは、吉村さんには随分とお世話になっているので、事務局の2人それぞれが本を読み、感想、書評を書きました。

 

増田将之(仏教井戸端トーク主宰)

『精進料理考』というタイトルだけ見るととても難しいイメージを持ってしまったが読み始めるとすぐにそれはくつがえされた。

何だか、曹洞宗・大本山永平寺にて私も一緒に修行させていただいているかのような気分になった。

典座という行に一生懸命に向き合う事により、吉村師の食事に対する思いというものがあふれ出ているのがこの『精進料理考』であると思う。そして読んでいくうちに私も共有出来た気がした。

個人的にも仲良くさせていただいている吉村師の性格はとても“几帳面”だと思う。そのおかげでこの本に対しても細かく気配りをし、言葉を並べている事により、“精進料理”というものに引き込まれ、吉村師の世界へと引き込まれて行く気がした。

この本の中にこんな言葉がある

「禅の実践ではその先の“気づき”を大切にする」

という言葉が出てくる。

この本を読んでいくと食という行為をとても大切にする吉村師の言葉で“何故大切にしなければいけないのか”という背景を知ることが出来る。

この本を通して、皆様にもこのような“気づき”という大切なものを知ってもらいたい。

 

 

横川広幸(仏教井戸端トーク事務局長)

冒頭で著者は、本を書いている自分自身がなにより楽しいとことわりを入れている。
目次を眺めていると完全な学術書に見えるのだが、読み進めていくと本人が楽しいと言い切る意味が見えてくる。

この本は、一言で言えば、吉村昇洋エッセイ集、著者のエッセイのコンピレーションと言えると思う。おそらく本人は知識、知見、経験を本にして残しておきたいという欲求からでなく、料理のルーツや語源調査などに生き生きとする著者の姿が想像できることから、今後のための備忘録くらいのつもりで書いていたのではなかったかと思う。

読んで見ればすぐに分かる。とにかく1冊の本でここまでいろいろな顔をのぞかせる本は、なかなかそう簡単には出会えない。学術書だなぁと思わせる部分があるかと思えば、主婦(主夫)向けの暮らしのワンポイントアドバイスになっていたり、また、僧侶に向けた業務連絡と解釈して差し支えないくだりもあり、実に表情豊かだ。

と、ここまで書くとコンピレーションだとか体のいい言葉を選んだだけで、内実はまとまりがないだけの本でしょと突っ込まれそうだが、そうはさせないのが吉村昇洋である。

目の前にある物事は、深遠な仏法を形や所作を以て表している。
あるいは、仏法が形や所作という物事を通して現れているのだが、そこに現代人は気づかない。眼前の出来事のその奥を見よと。

それを気づかせようとしているのか、著者は同じ論法をこれでもかと繰り返す。

繰り返しになるが、著者からは研究成果を淡々と備忘録的に報告するというスタンスが感じられ、内容には硬軟の差があり、一見まとまりがないようにも見えよう。
しかし、この本に通底するのは「吉村昇洋法話集」である。
著者の仏教への思いが「淡々と事実を報告する」ことだけで満足するほど低レベルなわけがなく、きっちり一貫して我々に法を説いていたのである。

頭から終わりまで様々な話が飛び出し、同じ論法を繰り返し、しかし、一貫して真理を説き続ける様は、原始仏典の姿そのものではないか。
新しい切り口、新しいタイプの法話集だと思ったが、現代語で吉村昇洋が書いたお経のようなものだ。ぜひ手に取るべきだ。

ご購入はこちら(春秋社)を一旦ご覧いただいてからどうぞ。