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[第二回]禅は、説けば説くほど遠ざかり、書けば書くほど隔たるの感あり

細川晋輔(ほそかわ・しんすけ)
1979年生まれ。松原泰道の孫。佛教大学卒業後、京都・妙心寺専門道場にて9年間禅修行。東京都世田谷区・龍雲寺住職。花園大学大学院文学研究科仏教学専攻修士課程修了。
臨済宗妙心寺派東京禅センター副センター長。妙心寺派布教師。NHK大河ドラマ『おんな城主直虎』禅宗指導、『麒麟がくる』仏事指導。

ここまでのやり取りは、こちらから御覧ください。

拝復
ご丁寧なお返事ありがとうございました。「インプット」大事ですよね。本を読むこと、人と会うこと、経験すること、その一つ一つが自分をレベルアップさせてくれているように思います。禅では、これを手放すようにすすめるのですが・・・

「伝える」ということは、お坊さんにとって生命線であると私は思っています。法話会や動画や文章はもちろん、何かの活動を通してであったり、また月参りでの茶飲み話であったり、私たちの伝える場はたくさんあるのです。

祖父・松原泰道師は、浄土真宗のお坊さんに法話の仕方を習いにいかれていたそうです。禅宗ではあまりお話することが是とされていなかったので、話を習う人がいなかったそうです。その祖父からいただいた大事な言葉は、「説き伏せるのではなく、説き尽くす」です。私たちは自身の知識や経験を押しつけるのではない。「坐禅はいいものだ」と、届かなくてもいい、いつか届くようにと伝えることをやめないことが大切であるというのです。

小池さんの手紙にあったNHK大河ドラマは私にとって大きな学びの場になりました。『おんな城主直虎』は主人公が僧侶であったので、一年以上作品と関わらせていただく機会をいただいたのです。衣装であったり、セリフであったり、責任のある仕事でした。例えば衣装にしても、ここぞという一張羅は頂相など資料にあるのですが、普段着がなかなかわからない。棺桶であったり、食べているものであったり、他の考証の先生方の指導も勉強になりました。所作の先生との食事は、箸の持ち方が苦手な私にとってなかなかの修行でした。

俳優さんのセリフもすごかったです。「何百回も読み込んで、それを一度捨てて、初めて台本を見たときの感動でセリフをいうように心がけている」という方もいらっしゃれば、「本番で一番いいものがでるように、リハーサルなどの本番以前はわざと力をぬく」という方もいらっしゃいました。役者さんに共通することは、脚本、カメラ、照明、衣装、小道具、大道具などそれこそ100人を超えるスタッフが用意した舞台を生かすも殺すも自分次第という覚悟が感じられたことです。最後の最後、作品をみてくださる視聴者が心動かされるのは、その全てが調和したところであると思うのです。
月曜から金曜の朝から深夜まで撮影されたものが45分の作品となる。そのどの一部分も不要であるものはない。どこかが手を抜いてしまうと全てが台無しになってしまう緊張感は、言葉では表せないほどのすさまじいものがありました。それがあって初めてたくさんの人に「ドラマで伝えたいこと」を伝えることができるんだと、私は自分自身の甘さを痛感しました。
お坊さんの世界の「忙しい」は、この世界では通用しない。自分は「忙しさ」を言い訳にして、僧侶の「伝える」という役目を全うしてないのではないか。これだけのこだわりをもって、「伝える」ということに取り組むことができているのか、打ちひしがれた気持ちがしたのです。
私はそれから、文章を書かせていただくこと、話をさせていただくこと、まだまだ未熟ですが、この気持ちを大切に精進しております。

鎌倉の横田南嶺老大師がされておられる修行道場(僧堂)の師家という役目は、大変な激務です。たくさんの修行僧を導かれるお役ですから。また円覚寺派の管長職も兼ねられておられる。私たちが想像できないほどご多忙な管長様が、あれだけ「伝える」ことに真摯に取り組まれている。これを私たち若い僧侶が、ただ「すごいな。決して真似はできないな」と、見ていていいはずがありません。
そんな管長様よりいただいたお手紙があります。

「禅は、説けば説くほど遠ざかり、書けば書くほど隔たるの感あり」

「禅というものは言葉を添えれば添えるほど、その真実と遠ざかってしまう。また、文字に書けば書くほど隔たっていくものである」と読むことができるでしょうか。禅というもの、また真実というものは、そういうものなのかもしれません。そして管長様はそれだけでは終わらずに言葉を続けられるのです。「それでも私は説き続ける。それでも私は書き続ける」と。

また長文になってしまいました。つい気持ちが盛り上がってしまいました。さて私からの質問です。小池さんはお話をされたあと、自己採点はされますか?アンケートとかどのように心に受け取られますか?どんなことで「伝えることができた」と感じるのでしょうか?またお返事おまちしております。くれぐれもご自愛専一のほど、祈念しております。

細川晋輔 九拝