中村祐華
(浄土宗西迎院副住職)
私の住む奈良県吉野郡下市町の過疎化と少子化は著しく、幼稚園に入園した園児は7名、若い方は仕事で都会へ移り住み、法要で向かう家には60代以上の方がほとんどという状況です。佛教大学卒業後、お寺を手伝うために戻った私はその現状を見て、若い方への佛教伝道の機会の減少に危惧しました。
同時に、私自身は悩みの深い10代でした。人は何のために生まれ、何によって価値が決まるのか。成績か、容姿か、特別な才能か、世間はそうしたことで価値判断をしているのではないか、本当にそれで良いのかと疑問を持っていました。
愛$菩薩の誕生
お釈迦様は「生まれ持った環境が人の価値を決めるのではない、自分の行い次第なのだ」仰られ、生きる意味、正しい生き方を導かれました。その教えに触れた私は、同じ悩みを持つ同世代の方々に、その教えを広めたいと強く思うようになりました。そこで歌手を夢見てボイストレーニングに通った経験を活かし、音楽で布教するアプローチを思いつきました。
しかし、たとえ四誓偈をリズムに合わせてお唱えして、法話を織り交ぜながらお寺で歌うとしたところで、お寺に馴染みのない若い人が来てくれるはずもない。ならば若い人がいるライブハウスへ出向こうと決意しつつも、法衣を着てステージに立ったら聴衆に身構えられてしまうから、初見の方に興味を持ってもらえるよう、
明るく楽しく会うと元気になれるような存在という意味で『愛$(アイドル)』
仏教修行者という広義の意味の『菩薩』
を組み合わせて、共に救いの道を歩みたいという願いを込めて『愛$菩薩(あいどるぼさつ)』と名乗り、衣装もインパクトのある派手なものをまとい、佛教について語る内容のオリジナル曲を持って佛教伝道活動を平成19年からはじめました。
それでも、僧侶が本分であり、僧侶であることを優先すると、私の音楽布教活動は柔軟に行う必要があるので、バンドは組まずソロ活動にし、会場はライブハウスを貸し切らずに他のアーティストと共演することにしました。
愛$菩薩が私に気づかせてくれたこと
愛$菩薩のライブを観た人達からは、よく質問をされる事がふたつありました。ひとつはライブそのものの感想、もうひとつはライブ活動をする私の背景・事情についてです。
まずライブについては、
『元々お経に音楽性を感じていたので、かっこいいと思った』
『佛教に興味はあったけれど、どこへ行けばお坊さんの話が聞けるのかわからなかったから良い機会になった』
などの感想を頂戴しましたが、同時に多くの方々は自分の都合の良いように解釈をしてしまいがちな現世利益的なものを佛教に求めてることもわかりました。
しかしお釈迦様は『そもそも人生は思い通りにならないものだ。老いて病気になり死ぬことを誰一人免れることはない』と仰せになります。
人間は欲を満たすことが幸せだと感じてしまうところを、欲から離れて正しく物事を受け止め、苦を乗り越えさせてくださるのが本来の信仰の在り方だと思います。
このような法話が入るライブに共感して下さった方からは、時折悩みを打ち明けられることもあり、若い方がいかに悩み深く過ごしているかを肌で感じてきました。
たとえば『死別の悲しみをどう乗り越えたら良いか』というご相談も幾度かありました。失って気づく大切さ、死に対する無力さを前にやり場のない気持ちをどうすれば良いのか・・・。
『愛別離苦は世の常である』とお釈迦様は示され、先立つ方の事を『善知識(ぜんちしき・・・人生を真実の方向へ導いて下さる方)』として受け止めること。
死を他人事として過ごしている自分の人生を、見つめ直す機会がきていること。
生命は輪廻転生を繰り返し、善業悪業には必ず報いがあること。
亡き方にできる最善は南無阿弥陀仏のお念仏を回向し、阿弥陀様にお救いいただくよう菩提を弔うこと。
別れの悲しみが深いのは本当に辛いけれど、人情が希薄になった現代に、それだけあたたかな関係を築くことができたのは尊いということ。
日常ゆっくり仏前で手を合わせる機会の少なくなった時代にこそ、正しい解決の道が佛教では説かれていることを、微力ながらも精一杯お伝えできればと意を新たにさせてもらえます。
愛$菩薩から光誉祐華へ
そしてもうひとつのよく聞かれることは、ライブをする私自身についてで、
『西迎院の住職は賛成してくれていますか?』
『世間から反対意見は出ませんでしたか?』というご心配です。
『初めは正直驚いたけれど、若者同士やからこそ対話しやすいこともある。身の丈に合った布教を真面目に誠実にやっていけば良い。』というご理解を頂くこともある一方で、メディアを通じて知った方の中には『愛$菩薩』という名前にマイナスイメージを持たれる場合がありましたし、特に僧侶が何か活動すること自体に抵抗を感じる方からは、インターネット上で批判の声が上がりました。
しかしながら『愛$菩薩』は、若い方に興味を持ってもらう”きっかけ”としての名前であり、アートだからと割り切って勝手気ままにやるのではなく、浄土宗の一僧侶としての責任を持って活動しているライブを一度でも実際にご覧になったら納得いただけると信じて続けてきました。
それでも、できるだけ誤解のないようにするのが重要だと思い、活動10年目に、長年支えてくれた方々からは惜しまれつつも、私の戒名である『光誉祐華(こうよゆうか)』に改名いたしました。
そして、活動を続けていく中で応援してくださる方も更に増え、ライブハウスに限らず寺院や学校からも出演依頼を受けるようになり、私が企画する自坊でのイベント『お寺SONIC』では、いままで出逢った方々に、より深く教えを伝えるためにと、父である住職が二席の仏教講座を勤め協力してくれています。
歌うことでお釈迦様の教えを伝え、人の助けになりたいと志してから10年以上が経ち、振り返ってみると、私自身が沢山助けていただきました。
言葉の大切さと相手を批判することの重さもよくわかりました。
やられたらやり返すのではない。
傷ついたのなら、その分相手を慈しむことのできる人間になろう。
全て仏教の考え方です。
生まれ変わりを繰り返し、ずっと続く生命
善も悪も業は全て受けてく
煩悩に遮られても信じ難くても
闇は光には勝てない、法爾の道理
(オリジナル曲 爪上の土より)
悩みの多いこの時代にこそ、絶対普遍なる仏様の光明が人々の心に届くよう、自分にできる伝道を折に触れて省み精進して参ります。