今年1年は仏教井戸端トークで本当にあっという間でありました。
特に今年の最後にお題法話をキリスト教の深沢教会にて開催させていただいたように、法話・説教に対する“研鑚”の1年間であったような気がする。
お寺さんのお話が起源とされる落語に、お客様からお題を三ついただいて落語を展開する三題噺というものがあることから、落語の元になっている仏教側が、参加者からお題をいただいてご法話・お説教をするのはどうか?と考えたのが“お題法話”である。なおかつ日常にあふれている仏教用語を知っていただこうと、“仏教用語禁止編”というものまではじめた。とにかくコラムのテーマである、“伝える”という事を研鑚する場である。
私の中で“伝える”とは相手方に“如何に想像していただくか”という事であろうと思っている。
私は法話等でお話をさせていただく時、お子様ランチのように、迷ってしまうくらいたくさんのおかずを入れる。“あれも話したい、これも話したい”というのがどんどん出てきてしまい、なかなか最後にとってあるおかずにたどり着かない。なんとかご聴聞いただく方がたくさん想像してくれるおかげで笑いばかりおきる会も多いが、その法話で“伝える”力をつける場所を私自身作る事が出来たと思っている。
みな同様に思ってくれているのか、“お題法話”にご登壇いただきたいと僧侶の先生方に依頼すると皆さん快諾してくれる。
僧侶の法話等の研鑚の場というのはなかなかない。それも自分のお寺のお檀家さんでも、ご門徒さんでも無い方がたの前でお話出来るご縁というのはなかなかないもので、皆さんとても喜んでご登壇いただいた。また聴衆として参加される方がたも、とても想像力をかきたててくれる。“仏教用語禁止編”の時には、“お釈迦さん“という言葉が使えないので、“2500年前インドに生まれた青年”などと表現すると、そのお寺の空間という雰囲気も手伝い、皆さんがお釈迦さんを想像する。また日常語の中にこれほどまでに仏教語が入っているのかと用語解説の時に会場全体が“へえ~”の大合唱となる。
私も最近お題法話のおかげでめっきり司会業が板についてきているが、まだまだおしゃべり好きの司会であり、“司会に疑問を感じる”というご意見もいただくので、なおも研鑚が必要であると改めて感じさせていただけるのが、この“お題法話”である。
わかりやすい言葉で伝えて、もっとその言葉で想像していただける、そんな空間を今後も仏教井戸端トークで提供していければと思っている。
また今年はホームページも仏教井戸端トーク横川事務局長のおかげでかなり充実したと思っている。釈先生・小出先生が忙しい中でお書きいただいている往復書簡的コラム“テラ未来予想図”は皆様にとても好評で、釈徹宗先生から投げられるお寺の今後の課題を、たくさんの僧侶の方がたと対談をされている小出遙子先生が回答していくコラムであるが、釈先生の課題に対し、小出先生の回答案を見てーー特にお寺に関わっている人はーー自分で回答を出しながら別の角度から自身を取り巻く環境を知ることが出来、また共有出来るコラムとなっており、これは“私の伝える道”を読んでいただいている方には新たな発見になっているのではないかと思っている。
さらに、来年は、より多くの方がたに仏教というものに興味を持っていただけるようにいろいろなイベントを企画し一緒に研鑚させていただきたいと思っています。
来年も仏教井戸端トークを何卒ご指導の程よろしくお願い申し上げます。
仏教井戸端トーク主宰 増田将之