[第十回] 小出→釈先生

小出遥子(こいでようこ)
1984年生まれ。新潟県出身。対話の場づくり、瞑想指導、詩作・執筆・講演活動などを通して「本来的ないのち」のあり方を探究・発信。
いのちからはじまる対話の場「Temple」共同主宰。

過去のやり取りはこちら

釈先生、そして、この連載をお読みくださっているみなさん、大変ご無沙汰しております。小出遥子です。前回、釈先生から、この往復書簡のバトンを受け取ったのが、昨年の秋でしたので、実に半年以上、お返事をお待たせしてしまったことになります。まずは、ただただ、ごめんなさい。この間、私のあたまの中には、いつだって「テラ未来予想図」のことがありました。「早くお返事を差し上げなきゃ……」という焦りにも似た気持ちが、どんな瞬間も、私のこころをつついていました。しかし、どう頑張ってもまったく筆が進まず、結局、原稿の提出がいまになってしまいました。格好つけた言い方をゆるしてもらえるのなら、「時が満ちるのを待っていた」ということになるのですが、まあ、単なる言い訳にしか聞こえないだろうことはわかっています。

この半年以上の間、私がいったいなにをしていたのか、どうして「テラ未来予想図」を描くことをためらっていたのか、まずは、すべてを正直に書かせていただきますね。今回の原稿は、前回、釈先生からいただいたお手紙へのお返事というよりは、私個人の独白に近いような内容になってしまいますことを、先生にも、読者のみなさんにも、最初にお詫びしておきます。しかし、いま現在の私という人間の立ち位置を明らかにしておかないことには、先に進めないような気がしましたので、このような形式を取らせていただきました。

 

■こうなることは「知っていた」

現在、新型コロナウイルスの蔓延、それにともなう経済の低迷によって、世界は未曾有の大混乱の真っ只中にあります。ついこの間まで「当たり前」だったことが、いまはまったく通用しなくなっている。すべての前提がひっくり返ってしまったような感覚があるし、それは、実際にその通りなのでしょう。宗教の分野も例外ではありません。これまでの「常識」が目の前で音を立てて崩れていき、これからどのように「宗教活動」を進めていけばいいのか、途方に暮れている宗教関係者は、いま、世界中に溢れているのではないでしょうか。

でも、それをすべて「コロナのせい」にできるのか、というと疑問です。コロナ以前から、すでに、いろんな分野で、「これまで」のやり方は通用しなくなりつつあった。コロナは、単に、変化の速度を早めただけ、とも言えるのです。「え、え、ちょっと待ってよ……!」と焦る自分がいる一方で、「いやいや、こうなることは前から知っていたじゃん」と(生意気であることは百も承知ながら)どこか達観しているような自分もいて……。

そう。「こうなることは知っていた」んです。特に、自分が強い興味、関心を抱いている宗教という分野において、すべての前提がひっくり返ってしまう日が、そう遠からずやってくるだろう、と。そのことは、コロナ以前から、この往復書簡を開始する以前から、いや、そのずっとずっと前から「知っていた」んです。でも、「じゃあ、どうする?」という問いへの答えが、自分の中ではっきりと見えていなかった。……いや、ほんとうは見えていたのかもしれません。ただ、それを自分自身の「答え」として、主体的に動いていこう! と、しっかり肚決めできてなかっただけなのだ、と、いま振り返ってみて思います。

 

■対話の場「Temple」について

「いま現在の“宗教”のやり方は、近い将来、きっと通用しなくなる」
「じゃあ、どうする?」
「自分は、どうする?」

その「問い」が突きつけられていることを、私自身が、もっとも痛烈に自覚したのは、いまから数年前のことです。当時、私は、「Temple」という対話の集いを主宰していました。かなり長くなってしまいますが、後の話につなげていきたいので、ここで、一度、Templeの紹介をさせてください。

「いのちからはじまる対話の場・Temple」は、2014年の冬のはじめに、ひっそりと産声を上げました。お寺の本堂に集った、見ず知らずの人たちが、少人数のグループになって、ざっくばらんに「いのちからはじまる対話」をたのしむ……。Templeというのは、言ってしまえば、ただ、それだけの場です。でも、「ただ、それだけ」だからこそ、そこに立ち現れてくる景色は、ほかでは味わうことのできない、決して替えのきかない、特別なものばかりだったのです。

お寺というのは、そのまま「仏さまのお家」です。仏さまの前では、誰もがみな、「なにものでもない、ひとつのいのち」。普段、お寺の外でまとっている、社会的な役割だとか、肩書きだとかを、一度、すべて、仏さまにお預けして、「いのち」の平等性に立ち返ってみる。「なにものでもないいのち」としての自分を思い出してみる。「仏の家」という、安心・安全な空間に、「身も心も放ち忘れて」(道元禅師)ただ、ゆったりとくつろいでみる。そして、即興で作ったグループの真ん中に、「いのち」というものをフワッと置いて、ただただ、じっと待ってみる。

その時に、どのような「ことば」が湧き上がってくるのか、あるいは湧き上がってこないのか……。そこで起きてくることのすべてを、「正解」も「不正解」もなく、ただ認め、ただ許し、ただ受け入れていく。そこに見えてくる景色を、「否定」も「肯定」もせず、ただ、ありのままに受け止めていく。

そうして生れたTempleという場には、いつだって、純粋な、「いのち」の発露がありました。そこにはいつだって、ことばにならない感動がありました。ほんとうの意味での「対話」が成り立つ場としてのTempleに、主宰の私はもちろん、ご参加くださった方々、ご協力くださった方々も、みな一様に、大きな可能性を感じてくださっているようでした。

 

■現行の「宗教システム」に対する疑問

Templeは、その後、全国のご縁のあるお寺でどんどん開催されるようになり、順調に広がりを見せていきました。……が、2018年の秋に、一度、その場を閉じることとなったのです。

表向きの理由としては、「お坊さんに、この場をお返ししたいから」「全国のお寺で、自主的にTempleを開いて欲しいから」「小出遥子という個人が主宰を務めている限り、広まるものも広まらないから」というものでしたが、実は、それだけではなかったことを、ここに告白します。

「お寺」という、定められた場所でしか、「いのちの対話」(あるいは「いのち“との”対話」)が生まれないのだとしたら、それはほんものではない—

そんな気持ちが、Templeを開催している間、ずっとずっと、私のこころの中でくすぶり続けていたのです。でも、その「くすぶり」を解消する手段が、当時の私には、どうしても見つけられなかった。

お寺という場が嫌いになったわけでは決してありません。仏教(宗教)の伝える知恵・智慧に飽きてしまったわけでも、もちろん、ありません。むしろ、それらに特別な魅力を感じているからこそ、そこだけに甘えていてはいけない、という気持ちが強まってしまったのです。もっと強い言い方をすれば、依存してはいけない、と思ったのです。「特別」だからこそ、危険なのだと……。

その気持ちの裏には、先ほど書いたように、宗教という「システム」は、すでに限界を迎えている、という直感がありました。宗教の「中身」(その「大元」にあるもの)は、言うまでもなく、素晴らしいものです。「素晴らしい」なんてことばが、あまりにも薄っぺらく感じられるぐらい、宗教は、私たち人類にとって、絶対的に大切なものを伝えてくれています。しかし、それを支えるべき「システム」は、すでに、絶望的に古くなっていて、はっきり言って瓦解寸前であることは、私のような、内部の者とも、外部の者ともつかない、ただの「いち仏教ファン」の目にも明らかでした。(「仏教徒」ではなく「仏教ファン」を名乗らざるを得ない、いや、それ以前に「内部」とか「外部」とかを気にせざるを得ないこの状況自体、すでに大きな問題を孕んでいるようにも思うのですが……。)

現行の「システム」に乗っかったまま、Templeを開き続けることはできない。このままでは、きっと、なにか、大切なものが失われてしまう。一度、場を閉じよう—

お寺が大好きだからこそ、仏教、宗教が伝えてくれる知恵・智慧を、ほんとうに大切に思うからこその、苦渋の決断でした。

 

■「テラ未来予想図」が、描けない

場を閉じている間も、「元Temple主宰」である私の元には、復活の要望が、ぽつり、ぽつりと届いていました。「Templeのような場は、ほかにはなかった」「ほんとうの意味での“対話”に身を浸す感動を、もう一度味わいたい」……。そのような声をうれしく感じる気持ちがあると同時に、どうしても復活に向けて踏み出せない自分もいました。上記の「問い」が、まったく解決できていなかったから。

「Templeを復活させるとしても、元のかたちではやりたくない」
「でも、じゃあ、どういうかたちなら復活可能なんだろう?」

自問自答を繰り返しつつ、私は私で、自分自身の「いのちの探究」を続ける日々を送っていました。(インドに2回も行ってみたり、瞑想指導を開始してみたり、詩を書いてみたり、YouTuberデビューを果たしてみたり(笑)それはもう、いろいろいろいろやりました。あとは、そう、水商売にも手を出してみたり……! そこから得た「気づき」に関しては、また今度、じっくり……。)その間に、この「テラ未来予想図」の連載もはじまりました。

釈先生とのやり取りは、こんな言い方は失礼かもしれませんが、私にとって、非常にワクワクするものでした。私がそれまでに感じていた「お寺」という場所や、そのあり方に関する素朴な疑問を、まっすぐにぶつけさせてくれる場でした。釈先生は、私の、どんな不躾な質問もおおらかに受け止めてくださって、僧侶というお立場から、宗教学者というお立場から、また時には、第一線で日々奮闘されるNPO法人の代表というお立場から、ともに、お寺の未来、仏教の未来、宗教の未来を真剣にお考えくださいました。釈先生からのお返事を拝読するたびに、考えが整理されて、視界がクリアになっていくような、そんな感覚を味わっていました。また、先生ご自身も、現代の宗教がおかれている状況をどのように捉えていくか、強い問題意識を持って生きていらっしゃることが伝わってきて、ものすごく励まされるような思いがいたしました。ほんとうに贅沢な時間でした。

それでも……。私の中の「問い」は、解消されるどころか、日々、大きくなるばかりだったのです。皮肉なことに、自分自身の「いのちの探究」が深まれば深まるほど、現行のお寺、仏教、宗教という「システム」の古臭さが目につくようになって、ウンザリするような気分を味わうようになりました。ほんとうは「本来的ないのちのあり方を、ひとりひとりに思い出させる」ためにあるはずのそれらが、逆に、そこへの「気づき」から私たちを遠ざけてしまっているような……そんな状況すら目にして、「もう、こんなところからは離れてしまいたい」と、こころの底から失望することさえありました。

「本来的ないのちのあり方を思い出させてくれる知恵・智慧」は、なにも、仏教、宗教だけの専売特許じゃない。武術をはじめとするスポーツの分野から、そこに到達する人もたくさんいる。料理や掃除や子育てなど、日々の「生活」の中からそこに到達する人もたくさんいる。普通に会社に勤めて、そこでの仕事の中で、大きな「気づき」を得る人もたくさんいる。実際、そのような友人・知人は、私の周りにどんどん増えていきました。いっそ、お寺や仏教、宗教から完全に離れて、ひとりひとりの「いのちの探究」の道をサポートする活動に入った方が、人類全体の助けになるんじゃないか……。そんなことを大真面目に考えたことだって、一度や二度ではありません。それでも、いくら「システム」が終わっていても、その「教え」自体は決して腐ってなどいない、これは安易に手放していいものではない、という気持ちが、私とお寺、仏教、宗教との縁を繋ぎ止め続けていたのです。

「でも、いったいどうしたら……」

「答え」を出せないままに、いたずらに日々は過ぎていき……。焦りばかりが募る中で、とうとう、この往復書簡すら、まったく書き進められなくなってしまいました。いま思えば、当時の煩悶をそのまま「お手紙」にしてしまえばよかったのでしょうけれど(釈先生なら、きっとあたたかく受け止めてくださったはずです)、そんなことすら思いつかないほど、表向きは明るく振舞っていても、実は、精神的に、かなりのところまで追い詰められていたのです。

 

■この世界は「仏のおなかの中」にある!

往復書簡が書けなくなって数ヶ月が経った頃。……きっと、なにかが「限界」に達したのでしょうね。ある時、なにをしていたわけでもない、ただ普通に生活を送っていた私の元に、ふいに、果てしなく大きな「気づき」がやってきました。

「ああ、そっか。この世界は、そのまま、仏さまの“おなか”の中なんだ……!」
「私たち、最初の最初の最初から、完全に、“救われ切って”いるんだ……!」

ものすごくリアルで、生々しい「気づき」でした。

このような体感は、実は、元からありました。自分の中に、「仏」(あるいは「神」、あるいは「宇宙」、あるいは「愛」、あるいは「いのち」、あるいは……)の存在を感じると同時に、「仏」の中に生かされている自分を感じる。「仏」と「私」とが、無限の入れ子構造になって、「ただ、いまここに、ある」というような……。ただ、その時ほどはっきりと「この世界は、そのまま、仏の“おなか”の中にある!」と、ことばで認識したことはなかったのです。

「仏の手のひらの上」ではなく、「仏のおなかの中(仏の胎内)」。

ギョッとしてしまうような表現ですが、「救いの取りこぼしのなさ」という点では、「おなかの中」ということばの方がしっくりきますよね。

この「気づき」がやってきた時、おなかの底から、「あったかくて、やわらかくて、ひろがっていく」ような、無限の安心感が湧き出してきて、私という人間をすっぽりと覆っていくような感覚が生じました。同時に、無限の安心感の中に、「私」がフワッと溶け出していくような感覚も生じました。

そして、思えば、その瞬間、例の「問い」に対する「答え」も、また同時に、私の元にやってきていたのでした。ただ、私がそれを「自覚」するには、その後、まだしばらく時間が必要だったのですが……。

 

■そして「Temple」復活へ

さらに時は進んで、2020年。新型コロナウイルスの世界的流行が発生し、私たちの日常の景色は一変してしまいました。誰もがみな、「死」を意識せざるを得ない状況が生まれたのです。世界は、先の見えない「不安」に包まれました。

日々報じられる感染者数・死亡者数の増加、自粛要請ムードの強まりに比例して、私の元には、常にも増して「Temple復活」を切望する声が、方々から届けられるようになりました。私自身、「いまこそ、あの場が求められている」という直感が、日に日に強くなっていくのを感じていました。

そんなある日、私の元に、Templeの誕生から「一時休止」に至るまで、アドバイザー的な立ち位置で、すべてを見守ってくださっていた、僧侶の松本紹圭さんから、このようなメッセージが届きました。

「オンラインで、Temple、やってみない? 僕らには、いまこそ、“いのちからはじまる対話”が、必要なんだと思う」

メッセージを読んだ瞬間、ピンとくるものがありました。「ああ、そうか、その手があったか……!」と。

この世界は、まるごと、「仏のおなかの中」にある。つまり、この世界は、まるごと、「仏の家」であり、そのまま「お寺」と言ってもいいんだよね……!

「いま、自分が生きている場所を、そのまま、“お寺”にしてしまおう」

と言うより、

「いま、自分が生きているところは、そのまま、“お寺”なのだと気づいていこう」

新生Templeのコンセプトは、こんなふうにして、ほぼ一瞬で決まりました。考えるより先に手が動いて、松本さんにお返事を送っていました。

「ぜひ、やりましょう。Temple、復活させましょう!」

お寺の本堂という空間的な制約を離れ、それぞれが、それぞれの場で参加する(参加せざるを得ない)、オンライン上での「対話」だからこそ、むしろ、本質的な「気づき」は生れやすい。新生Templeの可能性の大きさに、胸が高鳴りました。

 

■「お寺」ということばの意味を最大限に拡張する

こうして、この春、Templeは復活(というか再誕? 新生?)しました。松本紹圭さんには、小出との「共同主宰」というかたちで、これまで以上に積極的に場づくりに関わっていただくことになりました。また、オンラインでTempleを開催していくにあたり、参加者同士の対話が深まるつながりを作るため、CAMPFIREというプラットフォームを利用して、コミュニティ化することにしました。Templeにメンバー登録していただくと、月額1,000円で、月2回、新月と満月の夜を基本として開催されるオンラインTempleにご参加いただけます。(Zoomを利用しての開催になります。)

復活前のお試し版2回(以前Templeにリピート参加してくださった方々を中心にお声がけさせていただきました)、コミュニティ発足後1回、計3回、実際にオンラインでTempleを開いてみて、主宰の側としては、とても大きな手応えを感じています。「いまこそ、いのちからはじまる対話の場が、切実に求められている」という直感が正しかったことは、参加者さんの反応を見ていても明らかですし、なによりも、これは、「お寺」ということばの意味を最大限に拡張する、穏やかでありながらも、非常に革新的な試みであることが実感されて、静かに興奮しています。

「あたまではなく、おなかの底の方に、自分のこころが落ち着いたら、いまいる場所が、そのまま“お寺”(Temple)になる」
「その絶対的な安心感の中で、地に足をつけて、自分に与えられた“いのち”を力強く生きていく」

このコンセプトを机上の空論にしないために、新生Templeでは、リフレクションタイムを充実させたり、ダイアローグのルールをこれまで以上に細やかに設定したりするなど、さまざまな工夫を散りばめています。ただ、そのような「仕掛け」をわざわざ施さなくても、参加者同士、真の意味での「対話」を体験することができれば、そこには体感をともなった「絶対的な安心感」が広がり、ほんとうの意味で、ひとりひとりが“「いのち」を生きている/「いのち」に生かされている”ことに気づけるのです。そういう意味では、「対話」という営み自体が、Templeという安心・安全な場を成り立たせる、最大の「仕掛け」になっている、と言っても良いでしょう。

Templeコミュニティには、現在(2020年5月半ば)34名の素晴らしい仲間が集ってくださっています。その大多数が、普段は、お寺や仏教、宗教的なものにまったく触れていないか、ほとんど馴染みのない方々です。それでも、みなさん、それぞれの日々の生活の中で、大なり小なり、さまざまな「気づき」を得ていらっしゃって、Templeという場で、それを真剣にシェアしてくださっています。釈迦牟尼ブッダの「さとり」もかくや……と思われるような、かなり本質的な「気づき」を語ってくださる方も、少なからずいらっしゃいます。

「仏道」は、あるいは「宗教道」(こんなことばは存在しないかもしれませんが……)は、言うまでもないことですが、「本来的ないのちのあり方」に気づくための、非常に本質的な「道」です。しかし、それは、言ってしまえば、ひとつの道でしかありません。「いのち」に気づくための道は、まさしく無数にあるのです。

Templeは、「お寺」ということばの意味を最大限にまで拡張すると同時に、これまで、さまざまな角度から特別視されすぎていた「仏道」「宗教道」を相対化して、無数にある道のうちのひとつとして配置し直す試みです。旧来のシステムの中を生きていらっしゃる宗教者さんからは、「仏道を貶めるつもりか!」「宗教を矮小化するつもりか!」などとお叱りを受けそうですが、私としては、むしろ、こうなってようやく、仏教をはじめとするさまざまな宗教が大切に伝えてきた知恵・智慧が、「生きたもの」として、つまりは「自分ごと」として、人々に届くようになると確信しています。そして、それはそのまま、世界を、地球を救うことにもつながっていくと、大げさではなく、本気で思っています。(この連載の名前、「テラ未来予想図」が、そのまま「terra(地球)未来予想図」になる日も近い……?)

※ご興味を持たれた方は、ぜひ、メンバー登録の上、一度、Templeという場を体験されてみてください。5月23日(土)の19時までにご登録いただければ、同日20時からのTempleからご参加いただけます。詳しくはこちらのリンクをご覧ください。ご参加、こころよりお待ちしております。 リンク:temple-web.net

 

■ひとつの縁の結び目としての小出遥子の「いま」の記録

……長々と「自分語り」をしてしまって申し訳ありませんでした。でも、これは、単なる私の活動の宣伝なんかでは決してありません。この激動の時代に、小出遥子という、ひとりの人間、ひとつの縁の結び目が、どのような問いを持ち、どのように苦悩し、そこからどのような行動を起こしていったか、それをできるだけ詳細に書き記しておくことは、もしかしたら、いま現在、同じような苦悩の中にある方々に、なんらかの勇気を与えることになるのではないか、と感じたので、この場をお借りして、独白させていただきました。

私の取っている行動が、はたして「正しい」ものなのかどうか、それは、現段階ではわかりません。ただ、縁あって仏教(宗教)に関わることになり、そこから多くを学ばせていただいている身としては、正誤、善悪の判断を超えて、いまはただ、自分の信じることを愚直に実践していくだけだ、と感じています。立ち止まっている暇なんか、もう、一秒だってないのです。

これまでのこの往復書簡の流れを完全に無視して好き勝手述べさせていただいた今回のお手紙……。こんなものを投げつけられた釈先生も困惑されるばかりでしょうから(ほんとうにごめんなさい!)、この連載、今回で、一時休止ということにいたしましょうか。時が経って、もう少し「現在」の状況が見えてきたら、また違った角度から「テラ未来予想図」が描けるようになると思います。また、先生と書簡を交わせる日が来ることをたのしみに、私は、私で、日々の活動をがんばります。それでは、ひとまず、さようなら。釈先生、ほんとうにありがとうございました。