[第八回] 小出→釈先生 「非」世襲寺院、「非」地域密着型寺院、もっと増えていい

小出遥子(こいではるこ)

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釈先生、ご無沙汰しております。毎日ほんとうに暑いですねえ……。この暑い中、長袖の法衣を着てお勤めに励んでいらっしゃる僧侶の方々には、ほんとうに頭が下がります。

実は、私、このところ激しく体調を崩しておりまして……。最初に行った病院で「風邪」の診断をもらい、処方された薬を素直に服用していたのですが、どういうわけか一向によくなる気配がなく……。むしろ悪化の一途を辿っていくので、さすがに不審に思い、あらためて違う病院で診ていただいたところ、なんと、「咳喘息(ぜんそく)」の診断が下されまして……。咳喘息用の薬を用いたら、症状が一気に軽減しまして、ようやく、原稿を書けるほどに回復いたしました。医学の発達に全力で感謝するとともに、誤診の恐ろしさ、セカンドオピニオンの大切さなども、身にしみて感じているところです……。

「テラ未来予想図」を描く上でも、私のような、僧侶ではない立場からの意見って、やっぱり、ものすごく大事なのかもしれませんね。これは、ますます遠慮なく、「忌憚のない」意見を述べていかなくては! なんて、自分にとって都合の良い教訓を(無理やり)導き出したところで、今回のお手紙スタートです!(笑)

 

◆世襲制じゃないお寺が増えても良いのでは?

 

前回、釈先生より、「日本のお寺は、家族運営だからこそ、サスティナブルである」といったようなお話をいただきました。しかし、申し訳ないのですが、このお話、私にはどう納得しきれなかったのです。

と言うのも、私は、かなり以前から、「家族運営や世襲制にこだわらないお寺が増えれば、もっと仏法の核の部分が伝わりやすくなるのでは? ひいては、お寺という場所のサスティナビリティーも上がっていくのでは?」と考えていたからです。

とは言え、私は、世襲制というあり方に反対しているわけではまったくないのです。釈先生が前回お書きくださったように、世襲制だからこそ、お寺という場所の良さが守られてきた、という側面も、もちろん、数えきれないほどにあるのだろう、と感じています。

しかしながら、「法を求める」気持ちから、お寺やお坊さんと関わるようになった私としては、いかにこちらの真剣度に応えてくれるかが、そのまま「よいお寺」や「よい僧侶」という評価につながっていく、そこを無視してお話を進めていくことはできなくて……。

もちろん、これは、世襲制のお坊さんが、法を求める気持ちに応えてくれない、というお話では決してありません! むしろ、お寺の後継ぎとして育ったお坊さんには、生まれた瞬間から仏法に触れ続けたからこその「深み」があって、そのあり方に、私は、たびたび、大きな感銘を受けています。「ご縁」ということばの意味も、そのたびに更新されていきます。

ただ、とくに、自覚的に道を求めはじめて間もない時期は、自分と同じように、「なにもない」ところから、仏の教えに光を見出し、日々真剣に研鑽を積んできた先達の存在に、非常に心が救われるものなのです。私の歩んできた道の中では、世襲制でお坊さんになった方のお話よりも、むしろ、在家出身で、紆余曲折を経て、得度をされたお坊さんのお話の方が、より、私の耳にはすんなりと入ってきやすかったのです。もちろん、一概に言えるものではありませんが、その傾向は、私自身の実感として、確かにありました。

 

◆お寺はかならずしも「地域密着型」じゃなくていい

 

何度も言うように、私は、世襲制というあり方に反対をしているわけではまったくありません。ただ、世襲制にこだわらず、志あるお坊さんや、僧籍は持っていなくても、仏教に道を求める在家の人々によって運営されるお寺が、これまで以上に増えていっても良いのではないかな、と思っています。そういったタイプのお寺の存在に救われる人々はかならずいるし、今後ますます増えていくような気がしています。

さらに言うのなら、その「世襲制でない」お寺は、かならずしも「地域密着型」でなくても良いと思っています。いまはインターネットの発達によって、これまでとはまったく違ったかたちでの「つながり」が、そこここに生まれているからです。現代の若者にとっては、むしろ、地域でのつながりよりも、ネット上でのつながりの方が、より「リアル」になっているのではないでしょうか。そこは否定できるものではないし、むしろ、そこに寄り添うかたちでしか、真に「サスティナブル」な「これからのお寺」のあり方は語れないように思うのです。

世襲制のお寺と、世襲制でないお寺。どちらが良いとか悪いとかではなくて、ただ、どちらもいまの時代の人々には求められているのでは? ということ。また、そのふたつのタイプのお寺が、互いに尊重し合えたら、そこに、より立体的な「テラ未来予想図」が見えてくるような気がしているのですが、いかがでしょうか。

 

◆「縁起」の思想をベースにした施設運営

 

さて、前回いただいたお手紙の二つ目の大きな議題として、釈先生は、寺院経営(家族経営のお寺の運営)には、寺族のモチベーションが大きく関わってくる、とお伝えくださいました。そして、そのモチベーションの柱は「仏法を求める心や信仰心」であり、さらにそこにプラスして、「社会的評価」や「経済面でのリターン」も、大きな要素になっている、とお書きになられていました。

お寺(などの宗教施設)が母体となった、幼稚園や保育園、高齢者福祉施設などが昔から数多く存在しているのは、こういった事情からだったのですね。深く納得しました。

私自身、門外漢ながら、そういった場所のベースには、まず、根源的な「つながり」の意識がないと、施設の運営自体難しくなってしまうのでは? という問題意識を持っていました。「縁起」の思想をその核に置く大乗仏教のお寺が、福祉のサービスを広めていくのは、その意味でも、非常に理にかなったことなのではないかな、と考えます。

釈先生の運営される「むつみ庵」のお話、次回たっぷりお聞かせいただけるとのことで、とてもたのしみにしています。それでは、今回はこのあたりで。