西念寺(浄土宗)
佐山拓郎
私の生まれたお寺には、不思議な部屋がありました。
床には原稿用紙が散乱し、壁一面を使った書棚には、難しそうな資料から少女漫画まで、様々な本が、隙間なく並んでいたのです。
僧侶であるはずの父親は、法衣も着ないし、いつもその部屋で原稿を書いていました。夜に出かけ、酒くさくなって戻ってきてはまた机に向かい、朝、私が学校に出かけるときに、伸びかけの髭を私にこすりつけ、「痛い!」という声を聞いて、満足してから布団に入り、あっという間に寝てしまいました。
幼い頃からその部屋で育った私は、当然のように本好きになりました。大人になったら、父のように自宅で本を書き、夜に出かけて酒を飲もうと思っていましたが、大学を出る頃にはなんとなく常識が身についてしまい、会社員になる事になりました。
その後いろいろあって僧侶となり、目黒の大きな寺院で住職も務めましたが、今は退任し、「ここより」というサイトの編集長をやっています。我ながら、変な縁だなあと思っています。
私は、お寺の手伝いを全くしない子で、かといって勉強もしなかったので、いつも本を読むか、発売されたばかりのファミコンに興じるか、チャンネル権のないテレビでスポーツ中継を観るか、という事を繰り返していました。
今、それがすべて法話のタネになると気づいた私は、自分の過ごしてきた、ちょっと変な縁をもとに、仏法を伝えていくのが使命だと、自然と思うようになりました。
少し遠回りしましたが、結局、昼間に原稿を書いて、夜に酒を飲むという、あの頃思い描いていた未来にたどり着いたのです。人生なんてわからないものです。
目黒での住職時代、「有休浄化」という「権利をなくし、消え去ってしまった有休休暇を供養する」というイベントで導師を務めさせていただいたり、「ドラゴンクエスト」というゲームを題材とした「ドラクエ法話」という会を不定期開催したりしていましたが、今はさらに「ここより」の中で「ドラゴンボール法話」を連載しています。
仏教伝道協会の「週刊法話ステーション」では「スポーツ」を題材にお話させていただく事にもなりました。
サラリーマン時代の経験や、みんなが遊んだゲーム、そして誰もが読んでいた漫画を、仏法を使って読み解き、人に伝えるという仕事はとても楽しく、私が今まで、迷いながらも苦労してきた事は、すべて繋がっていたんだな、と感動しています。
浄土宗では「選択(せんちゃく)」という言葉を大切にしています。自分で道を選びとり、その道で全力を尽くす事で、ほとけさまが道を守ってくださるのです。
私も、幼い頃からの読書体験や、スポーツ観戦、テレビゲームなどから仏法を伝える、という道を選びとった事で、今ようやく、目の前が開け始めてきました。
きっと父も、今思うと、編集業や原稿執筆、そして酒の席などから仏縁を結び、活かしていたのかもしれません。違うかもしれませんが。
時には、選んだ道が間違っていた、と思う事もあるでしょう。
それでも、人の意見に惑わされずに、自分の意思で選んだ道であるという事に誇りをもちつつ、全力で、今からそれを正解にしていくか、あるいはスパッと道を選びなおしてしまう事で、また様々な縁が結ばれ、よりよい「今」ができあがります。
今、父と同じような仕事に就くことができた私は、あの頃「不思議だなあ」と思っていた、実家のお寺でも仕事するようになりました。
あの部屋は、もうありませんが、別の部屋にまた、私の本を並べていき、それを見た誰かが「不思議な部屋だなあ」と思ってくれるのを楽しみに、道を伝えていきたいと思っています。
きっと旨い酒が飲めるのではないかと、期待しています。
佐山拓郎(さやま・たくろう)
1975年 東京都台東区生まれ。大正大学卒業後、10年間のサラリーマン生活ののち、僧侶となる。ジブリ原作者である父の影響で、幼少よりサブカルチャーに親しんでおり、サブカルと仏教を融合させた法話を得意とする。チーフエディターを務めるwebサイト「ここより」にて連載中の「ドラゴンボール法話」や、不定期開催中の「ドラクエ法話」が好評。三笠書房・知的生きかた文庫より『流されない練習』発売中。
ここよりは心のよりどころ – ここより (coco-yori.com)
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佐山拓郎@はぐれ僧侶純情派さん (@takuro_sayama) / Twitter
「私の伝える道(佐山拓郎)」への1件の返信
いつも読ませて頂きその度にああーこれで良いのだ!と思います。長い人生だと思っていたのですが、もうかなりの歳になりこれから先の事を少し真剣に悩んだりしましたが、今のままで進もうと思います。これからもよろしくお願い致します。感謝